ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

1119

明日は10月だ。

え、昨日が1月だったのではなかったか?

明後日には2020年が終わってしまうのではないか?!

 

今年は何かできたというのか。

何もできていないのではないか?

仕方ない部分はあるが、焦燥感に駆られる。

 

もう来年について考えなくてはならないのか。

来年は何ができるのだろうか。

多分来年も煩悶することになる予感がする。

 

明日は10月だ。

残り2ヶ月で今年が終わる。

身が震えてしまうのは、秋の性だけではないと気付いてはいるけれども

 

嗚呼、今年も終わるのか、と早くも嘆く9月30日かな。

 

1118

最近の10代のサブカルチャーの展開は早いらしい。

Twitterにて、「昔はアニメのフックは3話辺りであったが、今は1話にはないと次を見てくれない」というのを見かけた。

それを読んで、最近の漫画の展開も早いな、と気付く。

 

「アンデットアンラッキー」という漫画が人気、と書店で平積みされていた。

気になったので、買って読んだが、展開が早過ぎる。

2020年9月時点で3巻まで出ているのだが、私の感覚だと15巻くらいを圧縮したような感覚がある。

 

単行本の始め頃に魅力的な新キャラとして登場するのに、その単行本の終わり頃にはバッサリと死ぬ。

そして、次巻では新章突入、下手したら1巻で2章くらい終わっている。

どうしてそういう展開になるのかは、「そういう展開にした方が面白いから」という整合性はガン無視、と言った具合の展開の早さだ。

 

「え?」とか考えてしまったら、それで置いていかれる。

そういうものだ、とさっさと受け入れないといけない。

4巻にはラスボスとの最終決戦になっていても驚かない。

 

「アンデットアンラッキー」は分かり易い時代を反映した作品だが、他の作品も基本的に展開が早い。

私が買っている「チェンソーマン」、「呪術廻戦」も展開が早い。

「鬼滅の刃」もあっという間に完結してしまった。

 

知り合いとこの話題を話したときに、音楽シーンも展開が早い、と言っていた。

Mr.Childrenや、サザンオールスターズのような誰でも知っているバンドが今はいないのでは、と。

official髭男dismやレペゼン地球もいずれ見なくなるのでは、という予測まで飛び出た。

 

アニメも漫画も音楽も、展開が早くなっている。

じっくり楽しむ、ということが合わなくなったのかもしれない。

私としては、もっとじっくり系のサブカルチャーも流行って欲しいのだが、それは時代が許さないのかもしれない。

 

時代の変化に揉まれながら、置いてかれないように気を付けたい。

1117

「恋を諦めるにはどうすればいいですか?」

恋愛経験がアンデス山脈の頂きの空気よりも薄い私に、切実な質問が来た。

諦められない相手がいるのだろうか、他人事だからエモくて震える。

 

しかし、切々とした質問でもある。

他の人にも言ったりして、気持ちの整理をしているのだろうか?

質問者の望む答えを私は言えるかは定かではないが、真面目に答える。

 

恋に疎い私だから、恋愛に関しては的外れかもしれない。

ただ、質問者はある意味でよくぞ引き当てたとも言える。

諦めることに関してなら、私は言えることがあるからだ。

 

まずは、逆にどうしたら諦められるか、とことん突き詰める。

相手に害を与える方法は除外して、考える。

「相手に自分を覚えて欲しいから」等の自分の願望からの理由で加害しても自己満足で終わるし、恋愛は相手あってこそ成立するのだから、相手を尊重するのは当然の前提だ。

 

それで考えた結果、「ここまでやって駄目なら諦められる」というポイント、節目を決める。

覚悟を決めるとも言える。

重要なのは、自分が納得すること。

 

恋を諦めてもずるずると引き摺る、スパッと切り替えられない可能性がある。

しかし「諦められない」ことも含めて、納得する、自分の中の妥協点を強引に作る。

諦めるというのは、どうしようもないこと、自分の力では及ばないと腹をくくることだ。

 

だから、まだ自分の努力で実る可能性があるなら相手に近付き、トライすれば良い。

恋が実らないなら、思い出も感傷も全部、飲み込む。

「納得できる」点はどこか、諦められる所はどこか、どうしたら諦められるのか。

 

「諦めよう」と決められるのは、恋をしているその人自身だ。

1116

安倍晋三首相が辞任して、菅義偉首相が就任した。

安倍首相の辞任を受けて、安倍首相の支持率が上がったのは面白かった。

菅首相へのシフトもスムーズに進み、行政的な混乱はなかったと感じる。

 

さて、行政のトップが変わって、私が気になるのは野党だ。

通勤途中にあるポスターを見かけると、「アベ政治」、「アベ改憲」と安倍さんを標的にした文句が並ぶ。

その安倍さんが退いたのだ、ポスターの文句も変わらざる得ない。

 

野党は安倍晋三氏を指して一致団結していた感があった。

安倍さんは野党にとってシンボルだった。

シンボルの消失に、野党はどう出るのか?

 

足並みを揃えるばかりが能ではないが、きちんとした指標を出して欲しい。

「アベ政治」は過去になったのだ、まずは政策の提案をして欲しい。

ただ、次の一手が必要なのだが、期待があまり持てないのも事実だ。

 

日本国において、野党がまともになる日が来るのだろうか?

与党の失策ばかりが野党の仕事では本来はないはずだ。

責めるのも必要だが、攻める姿勢が見たい、と考えなくもない。

 

いずれにしても、ポスターの張り替えにどういう文句に変わるのか、何となくそこに注目してみる。

1115

母が漢字ナンクロを黙々とやっていた。

カボチャの煮付けを頬張りながら、横から覗いた。

知らない熟語が縦横無尽にあった。

 

「間作林」……高木を伐採したのち、苗木が生長するまで、その株の間に農作物を栽培する林野。

「風流人」……風流の趣味を解する人。粋な人。

「白山一花」……ハクサンイチゲ、キンポウゲ科イチリンソウ属の多年草、本州中部以北の高山に自生し、高さ約20cm。全体に粗い毛がある。葉は手のひら状の複葉。夏、茎の先に白い花びら状の萼(がく)を持つ花を数個開く。

 

山深い長野県に住んでいて、間作林なる方法さえ知らなかった。

風流人はどこかで聞いたことがあるが、母は聞き慣れない言葉だったようだ。

白山一花なる花の名前まで網羅されて、漢字ナンクロの奥深さにただ感嘆の溜息が漏れる。

 

しげしげと眺めていたら、「非人間的」というワードが出た。

母は枠にそのワードを書き入れながら、「「非人間的」とは、お前のことだ」と言ってきた。

失礼な人だ、私のどこが人間らしいというのだ、その通りだ。

 

続けて母は漢字ナンクロの「不心得」、「不発」のワードを指して、「非人間的」と同じように私を揶揄してきた。

誰が心得てないというのだ、本当のことを言えば人は怒るのだぞ?

立身出世はしないだろうし、理非曲直も曖昧模糊している、全くその通りだ。

 

ぷんぷん怒りながら、5個目のカボチャの煮付けを頬張った。

ほろりと崩れる柔らかい食感と、甘塩っぱい味付けが口に広がった。

はて、何に怒っていたのだろうか、すっかり忘れてしまった。

 

程よく腹が満たされたので、離席した。

知らない言葉を首から引っ提げて、いそいそと。

非人間的で不心得な私は、今日も不発するだろう。