ネガティブ方向にポジティブ!

このブログは詰まらないことを延々と書いているブログです。

1399

質問箱を久方ぶりに開ける。

そこで目についた質問がある。

「相手にどう思われるか考えてしまうが、自分優先に考えるにはどうしたら良いか?」

 

質問の意図は「自分自身は良いと感じているけど、相手が悪い、不快と思うかもしれない」ということだろうか?

 

「この服は素敵だな」と鏡の前に立っていると、もう一人の自分が「でも、この服を着た私を笑われるかもしれないよ?」と言ってくる。

大体、「そうかもな…私には似合わないかも…」と元に戻してしまう、悲しい顛末だ(勝手に捏造)。

 

どうしたら自分優先にできるか、客観ではなく、主観優先にするか。

客観というのは色々な見方だ。

色々な見方ができるあなたはそれだけで素晴らしい!

 

なので、めちゃめちゃに考えて欲しい。

それはもう、相手がどう思うか、考え尽くす。

その上で、「私は好きなんだ!」と叫べばいい。

 

あなたはそう考えるのね?と受け止めつつも、でも私はこうするね?とスパッと切り返せば良い。

その「スパッと切り返す」のができない!ということかもしれない。

しかし、その「スパッと切り返す」には、徹底した客観、「相手はこう感じる、考える」を考える。

煮詰まると息苦しくなる、息苦しくなると放り投げたくなる、放り投げればスパッと切り返せる。

 

「でも、放り投げちゃっても、相手のことが浮かんじゃう」?

だが、そこまで考え尽くしたのなら十分ではなかろうか?

「私はやっぱり」が残っているなら、放り投げてしまえば良い。

 

それでも尚、相手のことを考えてしまうなら、それはもうそういう性分なのだろう。

なら、相手を優先している自分を優先すると考え直す。

相手に合わせた自分を優先していけば、その選択もあなたらしいものになるはずだ。

 

「相手に合わせ過ぎたら、自分じゃなくなるみたい…」と感じたら、そこに「私はやっぱり」がある訳だ。

そこまで突き詰めないといけないのはしんどいかもしれない。

 

できれば、あなたの考えを聞いてくれる複数の人間がいれば良いのだが。

複数の人間はとかく「意見」を言いたくなるので、相手がどう思うか主体のあなただと厳しいかもしれない。

 

一人、とにかく、相手を考え尽す。

その先に「私はやっぱり」がある。

どうしたら自分優先にできるかは、私ならこうする、とつらつら書いた。 

1398

最近、演劇演劇で手持ちのネタがすっかり演劇だけになってしまって視野が狭くなってやしないか?と不安になっている。
 
そんな私にとある友人がこう勧めてきた。

 
「乙女ゲーをやって!」

 
乙女ゲーとは、恋愛シミュレーションゲームだ。
 
よくある「一人の男(主人公)がたくさんの女と駆け引きする」がギャルゲーと言われているが、その反対、「一人の女(主人公)がたくさんの男と駆け引きする」というやつだ。
 
私がやったら、面白いから動画で撮って見せて!という理由で勧められた。
 

これも視野を広げる一つか、と3DS版「ときめきメモリアルGirl's side 3rd Style」を機体とソフトを中古で買った。
 
それで、取り敢えず、オープニングをやってみた、のだが。
 
主人公ちゃん、言動がふわふわしてて普通に心配になってしまう…

 
以下、ネタバレ注意。

 
主人公ちゃん、昔住んでいた懐かしい町に再び戻ってきて、散歩するのだが、いきなり迷う。
 
道沿いに歩けば良いのに、何故か森の中に行って、迷う。
 
迷わないと物語が始まらないのは分かる(メタ)のだが、何で森の中に入った?
出だしから不安しかない。
 

それで森の中に教会のような建物があって、そこで男の人、イケメンくんに会う。
 
どうやらイケメンくんも迷ったらしい。
 
そのイケメンくんから「送ってくよ」と言われる。

いやいや、怖い怖い怖い!
 
よく分からない土地で知らない男の人に「送ってくよ」とか言われても、困るし、遠慮したい。
 
とか考えてたら、主人公ちゃん、家の前まで送ってもらっちゃう!
 

家の前に着いてから「どうして、私の家を知っていての?」と聞く主人公ちゃん、え、今?もっと前に聞きなさい!
 
イケメンくん「さあ、どうしてだろうね?」怖い怖い怖い!
 
そのままイケメンくんは帰ろうとして、主人公ちゃんは「あれ?迷ってたんじゃないの?」と聞く。無垢か!怪しめ!
 
イケメンくん「思い出した」都合が宜しいことで!!
 
怪しさしかないイケメンくんに対して主人公ちゃん「変な人だな、でも素敵」嘘でしょ?!ちょっとイケメンなだけで、やっていることかなり怖いよ?危機意識もっと持って?
 

もう、ふわふわしてて、心配になってしまう。
 
この主人公ちゃんはつまり私の分身になるのだが、自分の分身というより、主人公ちゃんの言動にあわあわしてしまって恋愛シミュレーションできるのか不安になる…
 
しかし、イケメンくんのあの言動はイケメンだから許されているような?
 
それとも意外と女性はグッとくるのだろうか?
 
普通に怖いと感じたのだけども…?
 

それから少しストーリーを進めて、商店街でショッピングをする主人公ちゃん。
 
するとナンパくんが声をかけてきた。
 
しかし、時間がないから再三断り、最終的には隙を見て逃げた主人公ちゃん。
 
それを固唾を飲んで見ていた私は「なーんだ!断れるじゃーん!」と歓喜する。
 
ふと、これ、もう恋愛するというより、保護者視点だな、と打ちのめされる。

 
私は果たしてちゃんと恋愛ができるのだろうか…?
 

1397

さて、10月16日が終われば、別のことに追われる。
 
一先ず、自分の所属劇団の定期会議を再開したい。
 
所属劇団、私は一応、「劇団ぱすてる」に所属している。
 

今の座組である「せーのでめしあがれ」はまつもと演劇祭のみである。
 
10月16日以降は清算すべきものを清算したら、解散である。
 
その後のぴかぴか芝居塾18期生の動向は、それぞれに任せる形になるだろう。
 

私はそろそろ来年に向けて動こうと考えている。
 
とは言え、新型コロナウィルスの影響で色々と破綻している部分もある。
 
3つ(仮にA、B、C)動く予定だったが、Aは無期限延期、Bはこれからご相談、Cはゆるゆる様子見だ。
 

BとCは、一応、まだ息をしている。
 
私個人の考えだが、Bはリモートでやれたらと目論んでいる。
 
演出担当とご相談だが、ご相談の流れでどうなるか分からない。
 

Cは様子を見ながら、できるならやってみたい。
 
こちらは最終的に無観客かつ録画をしてやるつもりだ。
 
その話もゆるゆるとしていきたい。
 

問題は一にも二にも「稽古」だ。
 
リモートでは喋りでの稽古はできるが、動きは対面でないと分からない部分が多過ぎる。
 
しかし、誰かと会ってが何よりもネックになって、結果、何も成せない状態になっている。
 

なので、来年は一人で稽古して、撮影するつもりだ。
 
1月に1本、計12本をやる。
 
演劇とはまた違うかもしれないが、考えるより動いた方が掴めるものがある派なので、まず動く。
 

その上で、劇団ぱすてるでの活動もしていこう。
 
更に、18期生で何かやるとなったら、動けるようにしよう。
 
付け加えて、役者として前向きにやるのだから、タイミングさえ合えば他の劇団にも参加してみたい。
 

こう考えるとやれることは山ほどある。
 
何を選択して、何を選択しないのか。
 
確からしく言えるのは、どう選んでも私らしい選択になるだろう。
 

2022年、手を替え品を替えて、臨む。

1396

一人台詞の舞台上での動きについて考えている。
 
最初の導入の後の補足の立ち位置だろうか?
 
具体的な指示はそれほどなく、結構遊べるシーンだ。
 

演出取締役からは、「動きにも意識して、表現して」と言われている。
 
また別の演出からは「あなたは動けるから、舞台を自由に使って良いよ」と言われている。
 
遊び倒せるぞ、と内心ほくほくしている。
 

しかし、前回の対面稽古、ほぼ初の舞台上での一人台詞をした。
 
当初の案ではエントランスで、至近距離で演じるというものであった。
 
それが上土劇場の舞台へとなり、客席に向かって演じるものとなった。
 

まず、広さが変わった。
 
エントランスだと少し動くだけで十分であったし、一人台詞はエントランスにいる方に話しかけるものだったから反応も見易い。
 
しかし、舞台だと、私一人しか立たないためにとても広く感じる。
 

また、投げかける相手が客席になったので、距離感も変わった。
 
観客の反応を伺いながら、動いていかなければならない。
 
リモートだと画面に向かっていれば良かったが、広がった視野で見る舞台は、途方もなく広く感じる。
 

前回は、目の前の人に向かって演じるというのに意識した。
 
しかし、そうすると前の方に釘付けになってしまう。
 
結果、動きが小さくまとまり過ぎた気がしないでもない。
 

自由に動いて良い、と言われているのだから、遊び倒したい。
 
そう言えば、「モザイク・シンドローム」の時も遊びはあったが、まだ方向性があった。
 
今回はそういう方向性もないままに舞台の上に立つ。
 

何だか危なっかしい気がしてきた。
 
せめて方向性だけでも確認すべきだろうか…?
 
しかし、多分、私の一人台詞の稽古、もう時間的に取れないだろう
 

悩んでも仕様がない。
 
おおまかな動きの指針を自分で決めてから、細かいところは後で考えよう。
 
台詞の発声のニュアンスに比べれば、動きの緩急の方がまだ考え易い。
 

Go My Way、縦横無尽、緩急自在、動きの研究をしてみようか。

1395

道を走るその脇の田んぼが黄金に波打っている。

嗚呼、秋だ、秋の色だ。

10月8日の昼頃の外は晴れて、遠く日本アルプスの雲も雄大だ。

 

10月と言えば、16日がせーのでめしあがれの劇「劇中夢」の本 番である。

本番といっても外部の観客は入れない非公式の演劇である。

本当はちゃんと観客を入れて演劇をしたかったのが気持ちの奥底で 燻ってはいる。

 

しかし、嘆いても仕方ない。

刻一刻と時間は過ぎ、秋はするすると終わっていく。

まだ日中は暑いが、日が落ちれば冷えてきて、冬がウォーミングア ップをし始めているだろう。

 

よく考えれば、「演劇」としてできるのは大きいのかもしれない。

ぴかぴか芝居塾の卒業公演も、かなり短期間でまとめてしまって、 稽古らしい稽古はそれほどなかった。

そのときの卒業公演と比べれば、芝居の台詞や動きについての学び が多く、少しは演劇らしい演劇をしているのではないだろうか?

 

「この程度を演劇と言って欲しくない」と憤慨する人もいるかもし れない。

私ももう少し何かできるような気がしてならない。

しかし、少しでも良い芝居をしたい、良い演劇にしたいと足掻ける だけ幸せなのかもしれない。

 

一先ず、16日まで走り切る。

その時の私の最高出力を出す。

高い空、流れる黄金の稲を横目に、残り数日を生きる。

 

道を走るその脇の田んぼが黄金に波打っている、10月8日より。